F1との思い出
なんだかんだいいつつ、これも10年以上?見ています。チラ見はじめたのは中嶋悟さんが参戦するという前の年からだったと思います。セナとプロストがマクラーレンホンダでタッグを組んだ頃がF1ブームのピークだったように思います。
私感としては年々つまらなくなるような気がしつつも、見続けています。
思えば、中嶋さんがF1にとうとう参戦という時には、なぜ星野さんじゃないの?と思ったものですが、そのロータスの発表会の時にチームメイトのアイルトン・セナと中嶋さんが現れたときのいでたち・・・ロータスのチームカラーであった黒と金のカラーから全面黄色というショッキングなもの。これはスポンサーカラーのせいですが、アジア人(黄色人種)が乗るという皮肉な意味にとらえる欧州人もいたようですね。
中嶋さんが初参戦した年はあまり見なかったのですが、ホンダエンジンによる1-2-3-4フィニッシュという快挙(中嶋さんは4位)もありました。このイエローのマシンで記憶に残るのは中嶋さんがロータスを去る最終戦のオーストラリアGPで表彰台をかけた猛烈なアタックを見せてくれたことです(ファーステストラップは中嶋さん)。雨のGPでしたが、燃えたなぁ。この頃はエンジンもターボ主流だったんですよねぇ・・・。
その後、ティレル(タイレルと昔は言ってました。6輪のマシンで有名でしたね)に移ってからは中嶋さんはあまり活躍できなかったようでした。特に引退前の日本GPではコースアウト、寂しいものでした。途中に鈴木亜久里さんに先に表彰台に立たれたときはなんとも複雑でした。この時から、いくらエンジンがよくてもシャーシとのバランスがよくないと全然ダメということがわかりました。それは今のスーパーアグリやミッドランドトヨタでもわかります。
マルボロ・マクラーレン・ホンダがセナとプロストで全盛を迎えた頃、このチームでラウンド16戦中15戦でしたか、優勝していて少しつまらない気もしましたが、それでもホンダが関係しているし、ぶっちぎりだったのでカメラも中盤チームを写していて面白かったかな。その頃の車載カメラっていったら常勝チームだけについており、ブレもひどく、映りもひどかったですが、迫力ありましたね。
そして、解説陣の今宮さんと川井ちゃんに古館さんが加わったときは結構楽しかったですね。マニアの人は嫌いましたが、セナの「音速の貴公子」やシューマッハを「ターミネーター」と盛り上げたのもこの人ならではだったでしょう。
想い出に残るGPといえば、順不同ですが、中嶋さんの雨のオーストラリアGPでの表彰台をかけた争い、亜久里さんの表彰台、中嶋さんの最後の日本GP、セナとマンセルのモナコGPでの競り合い、セナとプロストの鈴鹿シケインでの衝突、セナが死んだサンマリノGP・・・。あとは印象薄いなぁ。特にセナが死んだGPでは他の選手も予選で死んでおり、いや~な雰囲気が漂っていたただならぬGPでした。死後、セナ特番が組まれ、ブラジルでは国葬が行われましたね。
そして、ホンダの撤退。シューマッハ・フェラーリの台頭。ハッキネンという影の薄い存在もいましたが、F1も第三世代、まゆげの時代が始まりました。
F1を面白くしようと、給油をレースに提案したのはセナだと聞いています。今のシューマッハを見ていると、不謹慎ではありますが、彼はあの時点で消えてヒーローとして皆の記憶にいい形だけで残った人だと思います。
F1も形をどんどん変えて、日本も再び、ホンダ、トヨタ、ブリヂストン、アグリと力が入ってきましたが、あの熱い時代をもう一度と思うばかりです。ま、なんだかんだいっても日の丸掲揚と君が代を聴くまでは見続けるかな。今日のオーストラリアGPは久々に少し面白かったし。(純日本チームはムリでしょうね、特に井出くんは変えた方がいいと思います)
一番好きなドライバーといえばマンセルかなぁ(笑) マシンはレイトンハウス・マーチ(爆)
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